こんにちは!『ローカログ』京都エリア担当ライターのすみれです。今回は、京都市伏見区に長年あった「京都市立伏見工業高等学校」について、偏差値や進学実績、倍率などの情報をまとめてお届けします。みなさんは「伏見工業高校」と聞いてピンとくるものがありますか?
じつはこの学校、あの名作ドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルとなった学校なんです。ラグビー部の熱い物語が全国に感動を届けたことでも有名ですよね。
残念ながら2024年3月をもって閉校となりましたが、その歴史や魅力、そして後継校についてもしっかりとお伝えしていきますね♪
京都市立伏見工業高等学校ってどんな学校だったの?
京都市立伏見工業高等学校は、1920年に京都市立工業学校の分教場として創立されました。なんと100年以上もの歴史を持つ、京都を代表する工業高校だったんですよ。
場所は京都市伏見区深草鈴塚町。京阪電気鉄道の伏見稲荷駅から徒歩約6分という便利な立地にありました。外国人観光客にも大人気の伏見稲荷大社のすぐそばというのも、なんだか誇らしいポイントですよね。
2016年に全日制課程が京都市立洛陽工業高等学校と統合され、新たに「京都市立京都工学院高等学校」が誕生しました。そして定時制課程も2021年に京都市立西京高等学校の定時制と統合し、「京都市立京都奏和高等学校」として生まれ変わりました。
学科編成の変遷
伏見工業高校は時代のニーズに合わせて、学科編成を何度も見直してきました。1990年代には機械科、建築科、建設工学科、産業デザイン科、セラミック科の5学科体制でスタート。その後、総合技術科が新設されるなど柔軟に対応していました。
2007年からはシステム工学科の1学科に統合され、より幅広い工業技術を学べるカリキュラムへと進化しました。ものづくりの基礎からまちづくりまで、実践的な学びが充実していたんですよ。
気になる偏差値は?入試の難易度をチェック
京都市立伏見工業高等学校の偏差値は、全日制で約45前後でした。京都府内の工業高校としては標準的なレベルで、基礎学力をしっかり身につけていれば十分にチャレンジできる学校でしたよ。
口コミサイトでの評価は4.33と非常に高く、在校生や卒業生からの満足度がとても高かったことがうかがえます✨ 偏差値だけでは測れない魅力がたくさんあったんですね。
入試倍率について
伏見工業高校の入試倍率は、年度によって変動がありましたが、おおむね1.5倍から2倍程度で推移していました。工業高校としては人気があり、安定した志願者数を集めていたんですよ。
京都府の公立高校入試では、前期選抜と中期選抜がありました。前期選抜は面接や作文なども重視される選抜方法で、中期選抜は学力検査がメインとなっていました。
進学実績と就職状況
工業高校といえば「就職」というイメージを持っている方も多いかもしれません。でも伏見工業高校では、約50%の生徒が進学の道を選んでいました。国公立大学への進学者も毎年輩出していたんですよ。
進学先としては、京都産業大学、立命館大学、同志社大学などの関西の有名私立大学への進学実績がありました。工業高校で学んだ専門知識を活かして、工学部や理工学部へ進む生徒が多かったようです。
就職にも強かった!
もちろん就職実績も抜群でした。京都という土地柄、伝統工芸や建築関連の企業とのつながりも深く、地元に根ざした就職先を見つけることができました。
実習授業が充実していたため、即戦力として企業から高い評価を受けていたのも特徴です。ものづくりの技術を実践的に学べる環境が整っていたからこそですね。
「スクール☆ウォーズ」のモデル校!ラグビー部の輝かしい歴史
伏見工業高校といえば、やっぱりラグビー部の存在を忘れてはいけません! TBS系ドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルとなったことで全国的に有名になりました😊
山口良治先生の熱血指導のもと、かつては荒れていたチームが全国制覇を成し遂げるまでの物語は、多くの人々に感動と勇気を与えました。「信は力なり」という言葉とともに、チームワークの大切さを教えてくれましたよね。
輩出したラグビー日本代表選手たち
伏見工業高校ラグビー部からは、数多くの日本代表選手が誕生しています。ざっとお名前を挙げるだけでも、すごい顔ぶれなんですよ♪
- 平尾誠二さん(元日本代表、「ミスターラグビー」の愛称で親しまれた)
- 大八木淳史さん(元日本代表、現在はタレントとしても活躍)
- 田中史朗選手(日本代表、ワールドカップでも活躍)
- 松田力也選手(日本代表、パナソニック ワイルドナイツ)
- 尾崎晟也選手(日本代表、サントリーサンゴリアス)
全国高校ラグビー大会(花園)での優勝回数は4回、全国選抜大会でも1回の優勝を誇ります。まさに全国屈指の強豪校として、ラグビー界にその名を刻んできました。
俳優・岸部一徳さんも卒業生!著名な出身者たち
伏見工業高校の卒業生には、スポーツ選手だけでなく、芸能界や建築界で活躍する方々もいらっしゃいます。
俳優の岸部一徳さんは、伏見工業高校の卒業生です。ザ・タイガースのベーシストとして音楽活動をされていたこともあり、工業高校出身という意外な一面に驚く方も多いのではないでしょうか。
建築家の出江寛さんも、伏見工業高校建築科を卒業されています。立命館大学に進学後、独自の建築スタイルを確立されました。工業高校での学びが、その後のキャリアの基礎になったんですね。
在校生からの口コミ評価
実際に伏見工業高校に通っていた生徒さんたちの声を見てみると、とても温かい評価が多いんです。
「将来、まちづくりがしたい人にとっては、とても楽しくていい学校だと思います。実習の授業もたくさんあります。」(女性/10代後半/学生)
「学園祭や体育祭などとても楽しく、盛んでした。来年から工学院高校に変わりますが忘れません。」(男性/10代後半/学生)
「場所は、稲荷神社がそばにあり、とても有名な土地に学校があります。自慢できる項目の一つかなと思う。」(男性/10代後半/学生)
校則についても「あまり厳しくない」という声が多く、最低限のルールを守っていれば伸び伸びと学校生活を送れる環境だったようです。いじめの少なさに関する評価も高く、穏やかな雰囲気の学校だったことがうかがえますね。
後継校「京都工学院高等学校」について
伏見工業高校の精神と伝統は、後継校である京都市立京都工学院高等学校に引き継がれています。2016年に開校した京都工学院高校は、伏見工業高校と洛陽工業高校の良いところを融合させた新しい学校です。
京都工学院高校には、フロンティア理数科とプロジェクト工学科があります。プロジェクト工学科には「ものづくり」と「まちづくり」の2つの分野があり、伏見工業高校の建築科や建設工学科の流れを汲んでいます。
京都工学院高校の偏差値と入試情報
京都工学院高校の偏差値は、フロンティア理数科が50、プロジェクト工学科(ものづくり)が48、プロジェクト工学科(まちづくり)が47となっています。
場所は京都市伏見区にあり、龍谷大前深草駅から徒歩約14分の場所に位置しています。新しい校舎で最新の設備が整っており、工業技術を学ぶには最適な環境が用意されています。
定時制は「京都奏和高等学校」へ
伏見工業高校の定時制課程は、2021年に京都市立京都奏和高等学校として生まれ変わりました。旧伏見工業高校の校舎をそのまま使用しており、伏見稲荷駅から徒歩約6分という便利な立地は変わりません。
京都奏和高校は、多様な学びのニーズに応える新しいタイプの高校として注目を集めています。働きながら学びたい方や、自分のペースで高校卒業を目指したい方にぴったりの学校です。
伏見工業高校の思い出を大切に
100年以上の歴史を持つ京都市立伏見工業高等学校は、2024年3月をもってその歴史に幕を下ろしました。でも、その精神は後継校に確実に引き継がれています。
ラグビー部の「信は力なり」という教えは、今も京都工学院高校ラグビー部に受け継がれています。全国大会での活躍を目指して、日々練習に励む生徒たちの姿があるんですよ。
みなさんの中に、伏見工業高校の卒業生がいらっしゃったら、ぜひ素敵な思い出を大切にしてくださいね✨ そして、これから高校選びをするお子さんやご家族の方は、後継校の京都工学院高校もぜひ検討してみてください。
まとめ:伏見工業高校から学ぶ大切なこと
今回は京都市立伏見工業高等学校について、偏差値や進学実績、倍率などの情報をお届けしました。
偏差値約45、倍率1.5〜2倍程度で、決して難関校というわけではありませんでしたが、約50%の生徒が進学を選び、国公立大学への合格者も輩出していました。就職においても即戦力として高く評価され、多くの卒業生が地元京都で活躍しています。
そして何より、「スクール☆ウォーズ」のモデルとなったラグビー部の精神は、今も多くの人々の心に生き続けています。努力することの大切さ、仲間を信じることの素晴らしさを、私たちに教えてくれましたよね。
わたしの座右の銘は「小さな一歩が未来を変える」なのですが、まさに伏見工業高校の歴史がそれを体現していると感じます。最後に、今日の名言をお届けして終わりにしますね♪
「信は力なり」― 山口良治(元伏見工業高校ラグビー部監督)
自分を信じること、仲間を信じること、そして夢を信じること。みなさんも今日から、小さな一歩を踏み出してみませんか? 最後まで読んでくださり、ありがとうございました!また次回の記事でお会いしましょう😊

















