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世田谷区の用水路の歴史と現在!江戸時代から続く水の道を探る

こんにちは!『ローカログ』世田谷エリア担当ライターのすーちゃんです。皆さんは世田谷区を歩いていて、「あれ、この道なんだか川みたいな形をしているな」と感じたことはありませんか?実は、それは昔の用水路の跡かもしれません。今回は世田谷区の用水路について、その歴史から現在の姿まで詳しくお話ししていきますね。

目次

江戸時代に築かれた六郷用水(次大夫堀)

世田谷区の用水路の歴史を語る上で、まず外せないのが六郷用水です。この用水路は別名「次大夫堀」とも呼ばれ、建設を指揮監督した小泉次大夫の名前が由来となっています。慶長16年(1611年)に多摩川の水を利用して掘削された、まさに江戸時代の大プロジェクトでした!

取水口は現在の狛江市和泉にあり、全長はなんと23.9キロメートル。49の村の約1,500ヘクタールに農業用水として水を供給していたんです。徳川家康が江戸を本拠に定めた際の関東平野開発事業の一環として建設されたもので、当時の技術力の高さには本当に驚かされますね。

四ヶ領用水としての役割

六郷用水は多摩川の対岸を流れる二ヶ領用水と合わせて「四ヶ領用水」と呼ばれることもありました。どちらも同じ小泉次太夫が建設を手がけており、多摩川流域の農業発展に大きく貢献したんです。

開通から100年ほど経った頃に荒廃しましたが、享保10年(1725年)に代官田中丘隅によって大規模な改修が行われました。この改修により、世田谷領でも六郷用水が本格的に利用できるようになったんですよ。

現在も残る丸子川の正体

六郷用水は昭和20年(1945年)に廃止され、宅地化の進行とともに昭和40年代までに大半が埋め立てられました。しかし、世田谷区岡本から大田区田園調布にかけての一部区間は「丸子川」として現在も残っているんです

現在の丸子川は、上流部では大蔵住宅の湧水を利用し、下流部では谷沢川の水をポンプアップして水源としています。世田谷区内を通過する延長は5.4キロメートルで、かつての六郷用水の面影を今に伝える貴重な存在です。

次大夫堀公園での再現

世田谷区喜多見では、野川からの取水により次大夫堀が再現され、次大夫堀公園として整備されています。ここでは江戸時代の用水路の雰囲気を体感することができるんですよ♪

玉川上水から分かれた品川用水

世田谷区には六郷用水以外にも重要な用水路がありました。それが品川用水です。この用水路は玉川上水から分けられた分水の中で最長の水路を誇り、水量でも第2位という規模の大きなものでした。

品川用水は昭和23年(1948年)に役目を終え、現在では水路が残っている部分はほとんどありません。しかし、埋め立てられた跡地は道路や緑道として活用され、世田谷区の都市基盤の一部となっているんです。

千歳通りと品川用水の関係

現在の千歳通りは、実は品川用水が埋め立てられた跡地に建設された道路なんです。東京オリンピックの前年に整備されたこの道路は、用水路の歴史を物語る重要な証拠でもあります。

三田用水の足跡

世田谷区北沢で玉川上水から分水していた三田用水も、地域の歴史に深く関わる用水路でした。1664年に開通した三田上水は、港区南東部エリアの飲用水として重要な役割を果たしていました。

一度は廃止されたものの、1724年に「三田用水」として復活し、流域13村の田畑を潤し続けました。300年以上にわたって水を送り続け、1974年まで通水していたという長い歴史を持つ用水路だったんです。

現代に蘇る水辺空間

世田谷区では、失われた水環境を復活させる取り組みも行われています。代沢せせらぎ緑道がその代表例で、新宿区の落合水再生センターからの高度処理水を浄化施設でさらに浄化し、せせらぎとして復活させているんです。

この事業では地域住民との協働も重視されており、『北沢せせらぎ公園協議会』『北沢せせらぎクラブ』『北沢川児童遊園保存協力会』『代田自治会』の4団体が管理協定を締結し、清掃などの維持管理に協力しています。

谷戸川の水質改善

谷戸川も世田谷区の水環境改善の成功例です。かつては区内最高地点(標高52.5メートル)の丘の北麓から湧出する泉が水源でしたが、現在は山野小学校脇から開渠となって流れています。平成6年度に砧公園内に浄化施設が完成し、水質が大幅に改善されました。

用水路跡地の現在の活用

世田谷区内の用水路跡地は、現在さまざまな形で活用されています。道路として整備された部分、緑道(遊歩道)として市民の憩いの場となった部分、そして次大夫堀公園のような歴史を伝える施設として活用された部分など、多様な姿を見せています。

これらの跡地を歩いてみると、江戸時代から続く水の道の歴史を肌で感じることができるんです。皆さんも散歩がてら、世田谷区の用水路の歴史を辿ってみてはいかがでしょうか?

文化遺産としての価値

六郷用水は1988年に「旧六郷用水の文化遺産保存事業」で手づくり郷土賞(ふるさとに恵みを与える川)を受賞しています。さらに2021年には六郷水門が土木学会選奨土木遺産に選ばれるなど、その歴史的価値が改めて評価されているんです。

世田谷区の用水路は単なる過去の遺物ではなく、現在も私たちの生活に深く関わる重要な文化遺産なんですね。これらの歴史を知ることで、普段何気なく歩いている道や公園が、実は数百年の歴史を持つ特別な場所だということが分かります。

まとめ

世田谷区の用水路の歴史を振り返ると、江戸時代の技術力の高さと、現代に至るまでの変遷の興味深さに驚かされます。六郷用水、品川用水、三田用水といった主要な用水路は、それぞれが地域の発展に大きく貢献し、現在もその痕跡を残しています。

失われた水環境を復活させる現代の取り組みも含めて、世田谷区は水と共に歩んできた街なんです。皆さんも機会があれば、用水路の歴史を感じながら街歩きを楽しんでみてくださいね♪

「歴史は過去と現在の対話である」- E.H.カー

今日も素敵な一日をお過ごしください!

投稿時のリサーチ結果に基づいて記事を作成していますが、最新情報は公式サイトも必ずご確認ください

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