こんにちは!『ローカログ』倉敷エリア担当ライターのまいこです😊 みなさん、「倉敷市立玉島高等学校」という学校をご存じですか?地元では「いちたま」の愛称で長く親しまれてきた定時制高校なんです。今回は、この学校について詳しく知りたい方のために、偏差値や学校の特徴、歴史などをじっくりお伝えしていきますね!
倉敷市立玉島高等学校ってどんな学校?
倉敷市立玉島高等学校は、岡山県倉敷市玉島に所在していた市立の定時制高校です。昭和23年(1948年)に創立され、なんと約77年もの長い歴史を持っていました。校訓は「人に優しく 自己に厳しく」というもので、この言葉に込められた思いが、卒業生たちの心にもしっかり根付いているんだとか。
この学校の大きな特徴は、働きながら学べる環境が整っていたこと。仕事と学業の両立を目指す生徒たちにとって、まさに心強い存在だったんですよね。地域の方々からも温かく見守られてきた、そんなあたたかい学校でした。
設置学科と授業スタイル
倉敷市立玉島高等学校には、2つの学科が設置されていました。それぞれの特徴をご紹介しますね!
普通科(昼間部)
普通科は昼間部で、学年制を採用していました。定員は80名で、月曜日から木曜日は9時から13時45分までの5限授業。金曜日は4限授業というスケジュールでした。午前中にしっかり学び、午後は自分の時間を確保できるのがうれしいポイントです!
商業科(夜間部)
商業科は夜間部で、単位制を導入していました。こちらも定員は80名。お仕事をされている方でも、夜の時間を使って学べる仕組みになっていたんです。どちらの学科も3年で卒業可能というのが、この学校の大きな魅力でした。
倉敷市立玉島高等学校の偏差値について
倉敷市立玉島高等学校の偏差値は、各情報サイトによると32程度とされています。ただ、定時制高校は一般の全日制高校とは入学の仕組みや学び方が異なるため、偏差値だけで学校の価値を測ることはできません。
この学校が大切にしていたのは、一人ひとりの生徒に寄り添った丁寧な指導。家庭的な雰囲気の中で、基礎学力の充実を図りながら、それぞれの個性や創造性を伸ばす教育が行われていました。数字には表れない、あたたかさがあったんですね。
カリキュラムと学びの特徴
倉敷市立玉島高等学校では、実社会で役立つスキルを身につけられるカリキュラムが充実していました。
- 商業技術や情報処理などの職業科目が豊富
- 社会の情報化に対応できる実践的な授業
- 社会人講座(パソコン入門、英会話入門)の単位認定制度
特に商業科では、幅広い単位を修得できる柔軟なシステムが整っていて、社会人講座を受講した場合は単位として認定されるという、とってもユニークな仕組みがありました。学びの選択肢が広がるのは、生徒にとってうれしいですよね♪
入試倍率と進学状況
倉敷市立玉島高等学校の入試倍率は、近年では定員を下回ることも多く、比較的入りやすい状況が続いていました。定時制高校という特性上、様々な事情を抱えた生徒を広く受け入れる姿勢があったためです。
また、すでに中学校を卒業して仕事に就いている方の入学や、他の高等学校からの転入学・編入学も可能でした。「もう一度学び直したい」という気持ちを持つ人にも、門戸を開いていたんですね。進路についても、就職を目指す生徒へのサポートが手厚く、地元企業への就職実績も積み重ねてきました。
学校行事と部活動
倉敷市立玉島高等学校では、生徒たちが楽しめる学校行事もしっかり行われていました。中でも「いちたま祭」は学校の一大イベント!体育の部では、普通科の1年生から3年生までを縦割りにした2チームと商業科チームの合計3チームに分かれて競い合うんです。学年を超えた交流が生まれる、とってもステキな行事ですよね😄
その他にも、生徒総会や春季大会、芸術鑑賞会、生徒会役員選挙など、1年を通して様々なイベントがありました。少人数だからこそ、みんなと仲良くなれる環境が整っていたのも、この学校ならではの魅力です。
倉敷市立玉島高等学校の歴史を振り返る
ここで、この学校の歩みを年表形式でご紹介しますね。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1948年 | 玉島町外6か町村学校組合立として創立 |
| 1951年 | 玉島白華高等学校と命名、夜間商業科設置 |
| 1954年 | 組合立玉島高等学校と改称 |
| 1960年 | 玉島市立玉島商業高等学校と改称 |
| 1967年 | 倉敷市立玉島商業高等学校と改称 |
| 1970年 | 倉敷市立玉島高等学校と改称、独立専用校舎に移転 |
| 1992年 | 普通科に3年修業制を導入 |
| 1995年 | 商業科に単位制(3年修業制)を導入 |
| 2018年 | 創立70周年記念式挙行 |
| 2025年 | 閉校記念式典を挙行、3月末に閉校 |
時代とともに名前や体制を変えながらも、一貫して「働きながら学ぶ」という理念を守り続けてきた学校でした。約77年間、多くの卒業生を送り出し、地域社会に貢献してきたんですね。
地域に愛された「いちたま」の思い出
倉敷市立玉島高等学校は、定時制高校の再編に伴い、2025年3月をもって閉校となりました。でも、この学校が地域に果たしてきた役割は、決して色あせることはありません✨
口コミでは「人数が少ないのでほぼみんなと仲良くなれる」「いい先生が多くて授業も楽しい」といった声が寄せられていました。アットホームな雰囲気の中で、生徒一人ひとりを大切にする教育が行われてきたことがうかがえますね。
様々な事情を抱える生徒たちに学びの場を提供し、社会へ送り出してきた「いちたま」。その歴史と精神は、卒業生たちの心の中に、そして地域の記憶の中に、これからもずっと生き続けることでしょう。
まとめ|倉敷市立玉島高等学校が残したもの
倉敷市立玉島高等学校は、働きながら学びたい人、もう一度学び直したい人に寄り添い続けた学校でした。偏差値や倍率といった数字だけでは測れない、あたたかい教育がそこにはありました。閉校となった今も、「いちたま」で過ごした日々は、多くの卒業生にとってかけがえのない宝物になっているはずです。
この記事を読んで、倉敷市立玉島高等学校のことを少しでも知っていただけたなら、あたしもとってもうれしいです😊 地域の学校の歴史を知ることは、その土地の文化や人々の営みを知ることにもつながりますよね。
本日の名言
「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残るものである」
―アルベルト・アインシュタイン
学校で学んだ知識は忘れてしまうこともあるけれど、そこで得た経験や出会い、成長した自分自身は、ずっと心に残り続けるもの。倉敷市立玉島高等学校で過ごした時間もきっと、卒業生のみなさんの中で大切な宝物として輝いていることでしょう。みなさんも今日という日を大切に、笑顔で過ごしてくださいね!


















