こんにちは!『ローカログ』目黒エリア担当ライターのあきこです♪ 毎日娘と目黒の街を歩いていると、ふと「この場所って昔はどんな風だったんだろう?」って思うことありませんか?今日は目黒区の江戸時代について、わたしが調べた面白いお話をみなさんにシェアしたいと思います!
江戸時代の目黒は一大行楽地だった!
実は目黒区の江戸時代って、想像以上にワクワクする場所だったんです。江戸の人たちにとって、目黒は気軽に遊びに行ける人気スポットでした。中心となっていたのが目黒不動尊で、なんと富くじでも有名だったんですよ!湯島天神や谷中の感応寺と一緒に「江戸の三富」って呼ばれていたんです。
目黒駅から目黒川に下る行人坂から目黒不動尊の入口まで、料理屋や土産物屋がズラーッと並んでいて、すごく賑やかだったそうです。名物は「目黒飴」という飴で、参拝客のお土産として大人気だったんだとか。今で言うスイーツブームみたいな感じでしょうか?
将軍家も愛した鷹狩りの場所
江戸時代の目黒は、将軍家の鷹狩りの場としても有名でした。特に駒場野は鷹場として最も利用されていて、今の東京大学教養学部があるあたりは、当時は人の背丈ほどの笹が茂る広大な原野だったんです。ウズラやキジ、ウサギなどがたくさんいて、まさに狩猟の宝庫だったんですね。
三代将軍家光は、遊猟の帰りに坂上の眺めの良い茶屋で休憩していました。そこの主人・彦四郎の人柄を愛して「爺、爺」と親しく話しかけたため、お店の名前が「爺々が茶屋」になったという微笑ましいエピソードも残っているんです♪
目黒と言えばタケノコ!江戸の名産品
江戸時代の目黒は孟宗竹の産地として知られ、特に目黒区南部から品川区境で採れる筍は江戸の名産品でした。タケノコの栽培は寛政期(1789年~1801年)に始まったとされていて、なんと200年も前から続いているんです!
目黒で行われていたタケノコ栽培法は「目黒式」と呼ばれる独特なもので、地下の竹の根の中から良いものだけを選んで埋め戻し、しっかりと肥料を施す「根埋」という作業が特徴的でした。この方法で育てたタケノコは歯ごたえがあって風味が高く、江戸の人々に大変喜ばれたそうです。
江戸の人たちは初物に目がなかったので、春になると競ってタケノコを食べていました。そのためタケノコの値段がグングン上がって、幕府が農家に掘り出す期間をお彼岸以降に制限していたほどなんです。今でいう高級食材だったんですね!
春の風物詩・タケノコ狩り
春になると、タケノコ狩りを楽しむ人々で目黒は大変な賑わいを見せていました。現在の「すずめのお宿緑地公園」などに、当時の竹林の面影を見ることができます。昭和に入って多くの竹林が住宅地に変わってしまったのは、ちょっと寂しい気もしますね。
農業と水車が支えた暮らし
江戸時代の目黒は、ほとんどが農村地帯でした。目黒川・立会川・呑川の各流域に水田地帯が集中し、川べりには精米・精粉の水車がのどかな音を響かせていました。この風景、想像するだけでなんだかほっこりしませんか?
商品としての野菜づくりが本格的に始まったのも江戸時代で、大根やナス、ウリ、菜などを江戸や渋谷方面へ出荷していたそうです。春はタケノコ、夏はナスやキュウリ、秋は大根、冬は葉物と、畑を効率よく使った輪作が行われていたんです。
目黒の道しるべと街道
江戸時代の目黒には、現在も残る道しるべがたくさんあります。これらの多くは18世紀以降に建てられたもので、庶民が建立したものがほとんどなんです。当時の人々の信仰心の深さや、旅人への思いやりが感じられますよね。
大山街道(現在の玉川通り)は、大山詣りのルートとして大いに栄えました。静岡の茶や秦野のたばこもこの道を通って運ばれ、まさに物流の大動脈だったんです。
浮世絵に描かれた美しい目黒
安藤広重の浮世絵にも、目黒の美しい風景がたくさん描かれています。「名所江戸百景」に登場する目黒元不二や新富士は、江戸庶民にとって富士山を眺める絶好のスポットでした。富士山信仰が盛んだった当時、目黒は格好の景勝地だったんですね。
爺ケ茶屋や千代が池、目黒太鼓橋なども美しく描かれていて、当時の目黒がいかに風光明媚な場所だったかがよく分かります。現代に生きるわたしたちも、こうした歴史的な美しさを大切にしていきたいですね♪
大名屋敷が立ち並ぶ高級住宅地
目黒川より東側の高台には、松平讃岐守(高松藩)や松平薩摩守(薩摩藩)など、多くの大名屋敷が存在していました。これらの屋敷地の多くは、明治期以降も華族や実業家の邸宅として使われ、現在の高級住宅地の基礎となっているんです。
江戸時代から続く格式や風情は、今でも目黒の街のあちこちで感じることができます。歩いているだけで、なんだか上品な気持ちになれるのは、こうした歴史があるからかもしれませんね。
江戸時代の目黒を歩いてみませんか?
調べていて改めて思ったのは、目黒区の江戸時代って本当に魅力的だったということです。行楽地として、農業地として、そして格式ある住宅地として、多面的な顔を持っていたんですね。
今度お散歩するときは、ぜひ江戸時代の目黒に思いを馳せてみてください。きっと街の見え方が変わって、新しい発見があると思います!わたしの座右の銘「毎日が発見」を、みなさんにも感じてもらえたら嬉しいです。
歴史を知ると、普段の暮らしがもっと豊かになりますよね。目黒区で江戸時代の面影を探しながら、のんびりお散歩してみませんか?
「歴史は現在と過去との対話である」- E・H・カー
過去を知ることで、今をもっと深く理解できるんですね。目黒の街を歩くとき、江戸時代の人々の暮らしを想像してみると、きっと新しい発見があるはずです♪


















