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新潟県立高田高等学校安塚分校の歴史と想いを振り返る

こんにちは、『ローカログ』上越エリア担当・ライターのみさとんです。今日は少ししんみりしながらも、心があたたかくなるお話をお届けしますね。上越市安塚区にあった新潟県立高田高等学校安塚分校が、2024年3月をもって閉校となりました。みなさんの中にも「あの学校、どうなったの?」と気になっていた方がいらっしゃるのではないでしょうか。

わたし自身、安塚の風景が大好きで何度も取材に訪れてきました。雪深い山あいの静かな集落に溶け込むように建つ校舎、その姿を思い出すとじんわり胸が熱くなります。今回は、この学校が歩んできた113年の歴史と、そこで学んだ生徒たちの声をお届けしたいと思います 🌸

目次

新潟県立高田高等学校安塚分校とは?その成り立ちを知ろう

新潟県立高田高等学校安塚分校は、2015年(平成27年)4月に開校しました。前身となる新潟県立安塚高等学校の伝統を受け継ぎ、県内屈指の名門・高田高等学校の分校として新たなスタートを切ったのです。

高田高等学校といえば創立149年を超える歴史を誇る学校。そして旧安塚高等学校は1911年(明治44年)に東頸城郡立安塚農業学校として開校し、105年以上の歴史を刻んできました。この二つの学校の伝統を受け継いだ安塚分校は、まさに地域の教育の灯火として大切な役割を果たしてきたのです。

旧安塚高等学校から受け継いだもの

もともとの安塚高等学校は、農業学校としてスタートしました。1922年には新潟県立安塚農学校と改組され、1948年には新潟県立安塚農業高等学校として新制高校に移行。その後は普通科へと転換し、地域の若者たちの学び舎として愛されてきました。

定時制の分校も各地に設置され、松代分校・松之山分校・牧分校・保倉分校と、東頸城地域一帯の教育を支えてきた歴史があります。1万5800人を超える卒業生を送り出してきたというから、その存在の大きさがわかりますよね。

「家族みたい」と語られた少人数教育の魅力

安塚分校の最大の特徴は、なんといっても少人数ならではのあたたかな教育環境でした。先生と生徒の距離がとても近く、一人ひとりに寄り添った丁寧な指導が行われていたそうです。

閉校式典で在校生が語った言葉が印象的でした。「いろんな先輩方や同級生、先生方が支えてくれた。家族という感じでものすごく楽しい学校生活になった」という声。大規模校ではなかなか味わえない、人と人とのつながりがここにはあったのですね ✨

生徒たちの声に胸が熱くなる

最後の生徒会長を務めた生徒さんは「やっぱり寂しいと一番強く思う。先生方も優しいしクラスの仲間も優しいし、僕にとって居心地のいい場所だった」と語っています。この言葉からも、安塚分校がいかに生徒たちにとって大切な居場所だったかが伝わってきます。

少人数だからこそ育まれる絆。それは卒業後もずっと心の中に残り続けるものなのだと思います。わたしも学生時代は陸上部で中・長距離を走っていたのですが、仲間との絆って本当にかけがえのないものですよね。

閉校記念式典―142名が集い別れを惜しんだ日

2023年10月14日、気持ちの良い秋晴れの中、新潟県立高田高等学校安塚分校閉校記念式典が執り行われました。新潟県教育委員会教育長や上越市副市長をはじめ、多くの来賓が出席。在校生や同窓生など142名が一堂に会し、学校の歴史を振り返りながら別れを惜しみました。

山田喜昭校長は式典でこう述べています。「安塚の人々は生徒たちを優しく温かく見守ってくれた。生徒の胸には安塚分校と安塚高校がこれからもあり続ける」と。地域と学校が一体となって子どもたちを育ててきた、その絆の深さが感じられる言葉です。

「最後は私たちが盛り上げるのだ!」

閉校が決まってからも、生徒たちは前を向いていました。生徒会長は「少しずつ閉校の実感がわいて、逆に最後は自分たちが盛り上げると心に火が付いた」とあいさつ。この言葉がタイトルにもなり、学校の公式noteでも紹介されました。

閉校式典の後も、マラソン大会や秋の遠足、文化祭と学校行事が続きました。最後の一日まで精一杯学校生活を楽しもうとする生徒たちの姿、なんだかほっこりしますよね 🍂

2024年3月―最後の9人が巣立った卒業式

2024年3月、新潟県立高田高等学校安塚分校で最後の卒業式が行われました。卒業生はわずか9名。でも、その一人ひとりが仲間との絆を胸に、新たな一歩を踏み出しました。

「みんな家族のようでした」という卒業生の言葉が、この学校の本質を物語っています。数ではなく、質の高い人間関係を築けた3年間。それは何物にも代えがたい宝物になったことでしょう。

第1期生から最後の卒業生まで

2018年3月には第1期生31人が卒業し、「共通の記憶、人生の宝」という言葉とともに巣立っていきました。そこから6年、安塚分校は多くの若者たちの青春の舞台となりました。

閉校となった今、校舎への入り口にはゲートが張られているそうです。でも、道の向こうには閉校記念碑が建てられ、この地で学んだすべての人々の記憶を静かに見守っています。

安塚という地域の魅力と学校の関わり

安塚区は上越市の中でも特に雪深い地域。でも、その雪を逆手にとった町おこしで全国的に注目を浴びてきた場所でもあります 🏔️

日本で初めて雪そのものを商品化した「雪の宅配便」、空き家を売り出した「田舎売ります」、そして東京の後楽園球場に450トンもの雪を運び込んだイベントなど、ユニークな取り組みで知られています。キューピットバレイスキー場や、ゆきだるま温泉「雪の湯」も人気スポットですよね。

地域とともに歩んだ学校

安塚高等学校、そして安塚分校は、この地域の政治・文化の中心として長年にわたり重要な役割を果たしてきました。「雪と緑と人を活かした全町公園」をコンセプトにした安塚のまちづくりと、学校教育は密接に結びついていたのです。

フラワーロードや景観条例、雪冷房の導入など、環境に配慮した美しいまちづくりを進めてきた安塚。その精神は、学校で学んだ若者たちにも受け継がれていることでしょう。

閉校しても心の中に生き続ける学び舎

建物としての学校は役目を終えましたが、そこで過ごした日々の記憶は消えません。山田校長が語った「生徒の胸には安塚分校と安塚高校がこれからもあり続ける」という言葉の通り、卒業生一人ひとりの心の中に、この学校は生き続けています。

わたしも上越に住んでいて、地域の学校がなくなることの寂しさはよくわかります。でも、そこで育まれた人のつながりや学びは、形を変えて次の世代へと受け継がれていくもの。そう信じています 💕

これからの安塚区に期待すること

高校はなくなりましたが、安塚区には今も多くの魅力があります。年間50万人が訪れる観光地としての賑わい、「ゆっくり、ゆったり、ゆたかに」のスローライフ。そして何より、人を大切にするあたたかなコミュニティがあります。

みなさんもぜひ一度、安塚を訪れてみてください。雪深い冬も、緑あふれる夏も、どの季節も素敵な表情を見せてくれますよ。

本日の名言

最後に、今日の名言をお届けします。

「終わりは新しい始まりである」―セネカ(古代ローマの哲学者)

新潟県立高田高等学校安塚分校の113年にわたる歴史は、確かに幕を閉じました。でも、そこで学んだ人々の物語はこれからも続いていきます。この記事を読んでくださったみなさんの心にも、何かあたたかいものが届いていたら嬉しいです。それでは、また次の記事でお会いしましょうね ☺️

投稿時のリサーチ結果に基づいて記事を作成していますが、最新情報は公式サイトも必ずご確認ください

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