こんにちは、『ローカログ』白山エリア担当のライター・しらっちです。今回は、かつて石川県白山市(旧・松任市)に存在した「叡明館(高等部)」について、その歴史や魅力をお伝えします。お子さんの進路を考えている方や、地域の教育史に興味がある方にとって、きっと新しい発見があるはずです。
「叡明館ってどんな学校だったの?」と疑問に思った方も多いのではないでしょうか。実は、この学校は英国の名門イートン校をモデルにした、北陸初の中高一貫全寮制進学校だったのです。わずか約10年という短い歴史ながら、東大合格者を輩出するなど、その教育理念は今も語り継がれています。
叡明館(高等部)の基本情報と歴史
叡明館中学校・高等学校は、1984年(昭和59年)4月に石川県白山市長島町に開校しました。学校法人叡明館が設置・運営し、中高一貫教育の全寮制という、当時としては非常に先進的なスタイルを採用していました。
開校から閉校までの主な歩みを振り返ってみましょう。1984年の開校後、翌1985年には体育館やプール施設が建設され、1986年には全6学年が揃いました。1988年には桂寮が建設されるなど、着実に教育環境が整備されていったのです。
そして1992年(平成4年)には初の東京大学合格者を輩出しました。開校からわずか8年で最難関大学への合格者を出したことは、学校の教育方針が確かな成果を上げた証といえるでしょう。
イートン校をモデルにした独自の教育理念
叡明館の最大の特徴は、英国の名門パブリックスクール「イートン校」をモデルにした教育システムでした。全寮制で6年間を通して学ぶスタイルは、当時の日本では非常に珍しいものでした。
北陸では初となる中高一貫教育の新設校として、全国から注目を集めました。生徒たちは北海道から沖縄まで、日本全国から集まっていたというから驚きです。1学年およそ30名、全校で約200名という少人数制で、一人ひとりに目の届く教育が行われていました。
寮生活では規律正しい生活習慣が身につくよう配慮されており、外出時でも制服着用が義務づけられるなど、礼節を重んじる校風がありました。こうした環境の中で、生徒たちは切磋琢磨しながら学業に励んでいたのです。
叡明館(高等部)の進学実績
短い歴史ながら、叡明館は確かな進学実績を残しています。1990年には東京大学と京都大学にそれぞれ1名ずつ合格者を出しました。翌1991年にも東大・京大・北大に合格者を輩出しています。
1993年には東大1名、北大1名に加え、地元の金沢大学にも2名が合格しました。少人数の学校でありながら、難関国立大学への合格者を複数出していたことは、教育の質の高さを物語っています。
全寮制という環境で朝から晩まで学習に集中できる体制が整っていたことが、こうした実績につながったのでしょう。同級生と寝食を共にしながら目標に向かって努力する経験は、かけがえのないものだったはずです。
全寮制ならではの学校生活
叡明館での生活は、現代の学校とはかなり異なるものでした。全寮制という特性上、生徒たちは学校の敷地内で生活のほとんどを過ごしていました。外出が許されるのは原則として日曜日の9時から17時までで、帰宅日という一時帰宅が認められる日もあったそうです。
こうした厳しい環境は、一見すると窮屈に感じるかもしれません。しかし、同じ志を持つ仲間と寝食を共にすることで、生涯の友人関係を築いた卒業生も少なくありません。全寮制だからこそ得られる絆の深さは、通学制の学校では味わえないものがあります。
北陸特有の気候の中、時には雪で陸の孤島のようになることもあったといいます。そんな環境でも仲間と支え合いながら学んだ日々は、卒業生にとってかけがえのない思い出となっているのではないでしょうか😊
叡明館(高等部)が残した教育的意義
1995年(平成7年)、叡明館は資金難により休校(事実上の閉校)となりました。約10年という短い歴史でしたが、その挑戦は日本の教育史において重要な意味を持っています。
当時、中高一貫教育や全寮制という教育スタイルは、公立学校ではほとんど見られないものでした。叡明館はそうした新しい教育の形を北陸の地で実践し、確かな成果を残しました。現在では全国各地に全寮制の学校が増えていますが、その先駆けとなったのがこの学校だったのです。
旧校地は長らく残っていましたが、2023年(令和5年)春に校舎は取り壊され、更地となりました。かつてグラウンドは少年野球チームや中学硬式野球クラブチーム「石川中央ボーイズ」の練習場として地域に活用されていた時期もあり、形を変えながらも地域に貢献していました。
白山市の教育の歴史を振り返って
わたし自身、白山市在住で中学生の息子がいる父親として、この地域の教育の歴史にはグッと胸に迫るものがあります。叡明館のような挑戦的な学校がかつてこの地にあったことは、白山市の誇りといえるのではないでしょうか。
現在、石川県内の進学校といえば金沢泉丘高校や金沢大学附属高校が有名です。2025年度入試では泉丘高校から東大23名、京大34名という過去最多の合格者が出るなど、石川県の教育レベルは全国的にも高い水準にあります✨
叡明館は閉校となりましたが、そこで学んだ卒業生たちは今も各地で活躍していることでしょう。全寮制で培った忍耐力や協調性は、社会に出てからも大きな財産になっているはずです。
これからの子どもたちへ
お子さんの進路を考える際、学校選びはとても重要なポイントですよね。叡明館のような全寮制の学校は、現在も全国各地に存在しています。親元を離れて学ぶことに不安を感じる方もいるかもしれませんが、そこで得られる経験は何物にも代えがたいものがあります。
わたしの息子も今まさに進路を考える時期。叡明館の歴史を調べながら、「環境が人を育てる」という言葉の重みをじんわりと感じています。どんな学校を選ぶにしても、大切なのは本人の意志と、それを支える周囲のサポートではないでしょうか。
白山市に存在した叡明館(高等部)。その挑戦の精神は、形を変えながらも今に受け継がれています。地域の教育史を知ることで、みなさんのお子さんの未来を考えるヒントになれば幸いです。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」
― 山本五十六
この言葉のように、教育とは手間暇をかけて人を育てること。叡明館が目指した全人教育の精神は、時代を超えて私たちに大切なことを教えてくれます。みなさんも「やるか、もっとやるか」の気持ちで、お子さんの成長を温かく見守っていきましょう!最後までお読みいただきありがとうございました😊


















